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執筆者:
村木 宏吉氏(元労働基準監督署長)

4つの事

事例1 「あれほど事故を起こすなと言っただろう」

経営者の中には、「『事故を起こすな』といつも口を酸っぱくして言っている。」という方がいます。それで事故が減るなら誰も苦労しません。

なぜなら、ほとんどの事故(災害)は、起こそうと思ってわざと起こしたのではなく、うっかりしたからです。職場で労働者がうっかりしても大丈夫な設備改善等をするのは、経営者の仕事です。それを怠っていたから、そのような労働災害が発生したのです。被災者のせいではありません。このことを理解できない経営者は、実は結構いらっしゃるのです。

事例2 点検整備の不良

労災防止に取り組む経営者の姿勢」で、福知山線の脱線事故におけるスピードメーターの整備不良について書きましたが、同様のことは、社内における他の機械等についてもいえます。「経費削減」が原因となっていないかどうか、社内点検が必要です。

以前、ある会社の担当者から、「労基署からの指導により定期点検を実施しましたが、特に異状は認められませんでした。やっても無駄でした」といわれたことがあります。マイカーの日常点検も同様ですが、異状がないことを確認し、安心して作業を行うことができる、ということに気づいていただきたいものです。

事例3 自動ブレーキの付いた車両への入れ替え

筆者の顧客で、運送会社を経営するある中小企業では、銀行からの融資等の協力を得て数年前から自動ブレーキ付きのトラックに入れ替えていました。

社長は、「追突事故が減ったことによる任意保険料の減額を見れば、トラック買い換えのメリットはある。事故対応で自分が頭を下げる機会も減るし」とのことでした。運転手の注意力頼みではだめだとも言っていました。余計な仕事で経営者が忙殺されるよりも、本来の業務に集中できることこそが、その企業にとっての経営メリットがあることです。

事例4 プレス機械の更新

かつて東京労働局や神奈川労働局では、動力プレスによる災害防止の取組に力を入れていました。作業者の手指を潰すことから、その多くが身体障害を残す災害となるためです。

ある企業で私が「安全なプレス機械」について説明したところ、そこの専務は後日、「助言に従って県の融資を受けて新しい機械を入れたところ、安全なことはもちろんですが、加工精度が高いことからより利益の上がる仕事を受けることができるようになりました」と私におっしゃいました。

また、安全性が高まることで、労働者の表情が明るくなったとも言っていました。

何が問題だったのか

安全衛生管理活動で必要なことは、経費を節約することと、その結果増えるであろう労働災害による企業の負担との兼ね合いです。逆に、費用をかけることでそれを上回るリターンを得られることもあります。

ある顧客企業から、新規事業における様々なリスクについての損害賠償保険について意見を求められました。私は、現実に起きるかもしれない被害と、支払うべき保険料とのバランスが重要で、保険料の支払いで企業経営が傾いてはいけません、と助言しました。当たり前のことではあるのですが。

もう一つ重要なことは、労働災害のほとんどは、被災者がわざと起こしたものはないということです。

では、なぜ労働災害が発生したのか。それは被災者がうっかりしたからです。なぜ被災者はうっかりしたのか。それは、疲労で注意力が散漫になっていたとか、その時の仕事でトラブルがあり、そのトラブル解決に夢中になったあまり、自分が怪我をしないようにとの注意を怠っていたから、ということが実は結構あるのです。

また、自分の技量を過信して機械等の安全装置を無効にするという例もあります。これは被害がより大きくなることにつながります。

どうすれば良かったのか

まず、労働者はうっかりするものだ、との認識を経営者は持っていただきたいのです。次に、労働者がうっかりしても大丈夫(労働災害に遭わない)にするためにはどうするかをお考えいただきたいのです。

しばらく前には、車のエンジンを掛けることは、それなりに難しいことでした。特に冬場は、エンジンが掛けにくい季節でした。ある時、横浜のあるラーメン屋さんで死亡災害が発生しました。それを聞いた私はびっくりしました。ラーメン屋さんでなぜ死亡災害が発生するのかと。そこは大繁盛店でした。電子マネーがまだないころでしたから、毎日100円玉がたくさん貯まるのでした。最年少の労働者が毎朝前日の売上を入れた袋を持って銀行に預けに行くのでした。

冬の寒い朝、坂道の途中にあるお店の車をおいてある駐車場で、いつものように車のエンジンを掛けました。オートマチック車のサイドブレーキをかけていなかったのは、本人の落ち度といえるでしょう。やがてエンジンがかかり、すぐにギアを動かしたところ、パーキングからバックギアに入ったとたん、車は後ろの車止めを乗り越えて車道に落ち、運転していた20代の青年は死亡しました。

自動車は、バックギアのほうが前進のローギアより車輪を動かそうとする力が強いのですが、そのせいでバックギアに入ったとたんに車が動き出したのでした。寒い朝で、エンジンがかかったとたんにエンジンの回転数が上がったことも原因としてありました。

この事件と似たようなことが全国で起きたせいだと考えられますが、現在では、ギアがニュートラルかパーキングに入っていて、しかもブレーキを踏んでいないとエンジンをかけることができません。また、エンジンがかかったあとは、ブレーキを踏んでいないとギアをパーキングから動かせないようになっています。これにより、運転者がわざと操作しない限りは、同様の事故が起きないようになったのです。

このようなことを本質安全化と呼んでいます。職場における様々な機械等について、本質安全化、つまりうっかりしても大丈夫が求められている所以です。

ご家庭で使用しているスピードカッターは、鋭い刃が高速で回転します。万一指が回転している刃に触れれば、骨ごと切断していまいます。これを防ぐため、上に蓋をつけて、蓋を押すことでその下の突起二つがへこんでいるスイッチの2箇所を押し、刃が回る仕組みになっています。本質安全化の一種です。内容物や刃を取り出すときに手が刃に触れる危険性は、残留リスクに当たります

本質安全化は、労働者のうっかりミスをカバーしてくれるのです。ただし、その部分に関する技術の進歩の程度により、それを実現するための費用とその結果生じる安全効果との比較考量はやむを得ないことでしょう。

安全衛生に関する後ろ向きの姿勢は禁物

筆者は、若いときに工場で働いていたことがありました。当時は、給料が今よりとても安く、私の職場で製造している製品(量産品ではないプロトタイプ)の値段は高額でした。その値段を聞いて、万が一の場合に自分の給料では弁償できないと思い、台車で運搬するときに、その製品を大事に大事にと思いながら運んでいました。

これを見た40代の先輩は私にこう言いました。「おい、村木よ。こんなの物だよ、物。物というのはなあ、作り直しがきくんだ。だけどお前が怪我をしたら作り直しはきかないのだぞ。だから怪我をしたらいかん。これからこいつをトラックに積むときに、危ないと思ったら手を離して逃げるのだぞ。わかったか。」と。

この言葉のおかげで、その後何回か職を変わり、細かい怪我は無数にしましたが、ほとんど大きなけがもなくそれなりの年齢になるまで生きてこられたと私は思っています。

このようなことに加えて、経営者は、雇っている労働者(従業員)のことだけを考えていてはいけません。その労働者が養っているはずの扶養家族のことを考慮する必要があります。

1人の労働者は、1~5人程度の家族を扶養しているかもしれません。その労働者が負傷したり、身体障害を負ったり、最悪死亡した場合に、それらの被扶養家族の方々は、もしかしたら路頭に迷うかもしれませんし、進学を諦めるなどの不自由な生活を強いられるかもしれません。このことを、経営者には是非お考えいただきたいのです。

企業の決算書における数字は、見ようによっては表面的なものです。日産自動車にゴーン氏が社長で来たときに、その翌年の実績で「V字回復」と呼ばれました。

しかし、同社の当時の幹部から私が直接聞いたところによれば、黒字要因をそれまで発表しないで隠しておき、ゴーン氏が来た後でそれを表の数字として出したことにより、決算書におけるV字回復を演出できたというのです。

そのことの是非はともかく、いくつかの企業において経営に関する数字は、これを見た労働者が、自分がいる職場の安全衛生管理の結果を身体で感じているがゆえに、「この会社、早く辞めなければ」とか、「仕方がないからしがみついていなければ」と思うかどうかということにつながります。

モラル(やる気)が低下して居座るだけの労働者が多数を占めたとき、その彼らが新規採用者や中途採用者等に対してどのような影響力を行使しているかということも併せて考えれば、安全衛生に関する後ろ向きの経営姿勢は、企業を滅亡に導いているともいえるでしょう。

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