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AIエージェントとは何か。質問に答えるAIから「自律的に考えて動くAI」へ
井﨑氏はまず、AIの進化の現在地を整理しました。2012年のAlexNet登場以降に発展したのが、工場の不良品判定などに使われてきた「認識AI」です。そこにChatGPTに代表される生成AIが登場し、この数年で一気に伸びました。そして次の段階が、いま話題の中心にあるAIエージェントです。
「2025年は『AIエージェント元年』と呼ばれ、AnthropicのClaudeやOpenAIのCodexなど、自律的に作業をこなすAIが一気に広がりました。この自律的に動くAIをエンボディ化(身体化)すれば、その先のフィジカルAIにつながる――これが今の流れです」と井﨑氏は説明します。

では、AIエージェントは従来の生成AIと何が違うのでしょうか。井﨑氏はチャットとの対比で説明します。
「通常のLLM(大規模言語モデル)は『NVIDIAってどんな会社?』と聞けば、ウェブの内容をまとめて返してくれます。これが生成AIのチャットの使い方です。一方、最近のAIエージェントは、プロンプト(指示文)を論理的に分解・解釈し、どのツールを使い、どう行動するかを自律的に決めて動きます」
つまり、従来のAIのように「入力→出力」で即答するのではなく、AIエージェントは「入力→思考→出力」3段階の応答構造を持つことが特徴です。回答をしてくれる相手から、作業を進める担当者に役割が変わったといえるかもしれません。学習を積んだエージェントは、短期・長期のメモリーを持って過去の経験を活用し、複数のサブエージェントを束ねて連携させ、計算やメールアクセスといった各種ツールを呼び出します。
人がひとつずつ指示を出すのではなく、AIが自ら段取りを組んで働く。この構造の変化が、次に紹介される事例の土台になっています。
購買チェック完全自動化、映像への質問。AIエージェント実務導入の事例
AIエージェントはすでに構想段階ではなく、実務で成果を出し始めていると井﨑氏は説明します。講演で最初に紹介されたのは、国内のある大手企業による購買プロセスの自動化です。
購買業務は、お客様から「帳票」が届くところから始まり、この帳票と社内の購買契約書を突き合わせて内容を確認していきます。同社はこの一連のチェック作業を、役割の異なる3つのエージェントの連携で置き換えました。帳票の内容を読み取り解釈するエージェント、購買契約書を読み取り解釈するエージェント、そして両者の内容が一致しているかを照合するエージェント。この3つを連携させることで購買内容のチェックを完全に自動化し、発注確認業務の工数を約50%削減したといいます。

続いて紹介されたのが、NVIDIA自身が開発する動画分析用エージェント「VSS(Video Search and Summarization)」です。映像の内容について質問して答えさせるQ&A、「こういう動きをしている箇所を探せ」と指示する検索、映像全体の要約、さらには手順ミスの指摘までこなします。コンピュータービジョン、ビデオ言語モデル、LLMという3つの技術をツールとして、エージェントが連携する構成です。講演中のデモでは、映像への質問に回答がすぐにあり、最後には「組み立て工程が間違っている」という指摘まで飛び出し、会場の関心を集めました。
動画分析用エージェントVSSはすでに実運用にも入っています。EMS(受託製造)大手の事例を、井﨑氏はこう説明します。
「同社の工場は、毎回違う組み立て工程を受注します。作業者は毎回新しい工程を覚えなければならず、当然ミスが発生します。そこで、組み立て工程が間違っていないかを映像で検知し、間違えたらアラートを出す。こうして品質を保つ取り組みをしています」
国内でも、ある大手企業がビルメンテナンス現場の分析にVSSを活用し、メンテナンス作業中の作業員の安全確保と、作業の進め方を映像から分析する効率把握に役立てています。
不良品判定などの認識AIを導入済みの工場は少なくありませんが、これらの事例が示すように、AIエージェントが対象とするのは個別の検査工程ではなく、業務プロセスそのものです。AI投資の単位が「装置」から「ワークフロー」へ移り始めている今、この変化は設備投資の考え方にも見直しを迫るものといえます。
落とし穴は「トークン爆発」。精度とコストのトレードオフにどう向き合うか
一方で、AIエージェントの進化には見過ごせない落とし穴があると井﨑氏は指摘します。AIの処理量を表す「トークン」の、爆発的な増加です。従来のようなチャット用途では消費トークンが小さく、社内利用コストは比較的抑えられます。ところがAIエージェントの中核であるリーズニングモデル(推論モデル)は、チェーン・オブ・ソート(思考の連鎖)によって回答を繰り返し精緻化するため、内部のトークン量は約100倍に増加。さらに、サブエージェントを自動生成しエージェント同士の対話で精度を上げる自己進化型エージェントでは、チャット比で千倍〜1万倍に膨らみます。
「もし生成AIの社内利用金額が1万倍になったらどうしますか。もはや使えませんよね。そういった世界が起き始めているのです」と井﨑氏は警鐘を鳴らします。
やっかいなのは、これが一時的な現象ではなく、AIの構造そのものに根ざしている点です。推論を繰り返すほど、そしてエージェント間の対話が増えるほど精度が上がる。「精度を上げるほどトークンを消費する構造であり、コストをどう抑えるかが全社的な課題になっています」と井﨑氏。つまり「AIをどこまで賢く使うか」は技術選定の問題である以前に、コスト構造の設計問題になりつつあります。

対策として井﨑氏が示したのが、ChatGPTやClaudeといった商用APIと、自社構築のオープンモデルの使い分けです。NVIDIA自身もオープンなリーズニングモデル「Nemotron」を開発・公開しており、2025年のオープンモデルのリリース数は世界最多でした。
「多くのオープンモデルは学習データが非公開ですが、我々はモデルも学習データも全公開しています。『変なデータを学んでいないか』を解析できますし、学習手法も公開されているので机上で再現でき、安全に使えるのです」
さらに最近では、プロンプトの内容に応じてオープンモデルと商用APIへ自動で振り分ける「ルーター」も登場しており、今後の伸びが見込まれると井﨑氏は語りました。
行き着く先は工場全体のエージェント化、そしてフィジカルAIへ
では、製造業におけるAIエージェント活用の本丸はどこにあるのでしょうか。井﨑氏が示したのは、「工場全体のエージェント化」という構想です。現在のオートメーションは「物理的に完璧な動作」というルールの追求に主眼が置かれ、装置が分断化して横につながっていません。そのため最適化は装置の中に留まり、不具合が起きた際の解析と意思決定が遅れてしまいます。
この構造の解決策として井﨑氏が挙げたのが、NVIDIAが2026年5月末に発表したファクトリーオートメーション向けの参照設計「FOX(Factory Operations Blueprint)」です。
産業用データソース・機械・アプリケーション・ロボット群をAPIとエージェントスキルで接続し、エージェントが全工程を理解したうえで、不具合や停止を自律的に解決する構想です。すでにFoxconnなどの先行導入企業では、根本原因分析の時間短縮をはじめ具体的な改善効果が見込まれているといいます。
装置単位の部分最適を積み上げてきた工場ほど、システム間の壁は厚くなりがちです。個々の設備の性能ではなく「工場全体をひとつの知能として動かせるか」が問われる局面は、DX投資の優先順位を考え直す契機になりそうです。

その先に井﨑氏が展望するのが、AIが物理世界を理解して動く「フィジカルAI」です。
「通常のLLMはネット上で回答すれば済みますが、フィジカルAIは障害物を避けて回り込むなど、物理世界を正しく理解する必要があります。テキストや画像のトークンから、アクショントークン(行動)を生み出す必要があるのです」
課題となる学習データの収集コストは、デジタルツイン(現実世界にある工場の設備や建物などから集めたデータをもとに、コンピューター上の仮想空間でリアル空間を再現する技術)のシミュレーションと生成AIによる合成データで補うことができると井﨑氏は話します。
認識から生成へ、エージェントからフィジカルへ。AIの進化の地図を描き切った井﨑氏は、「ご自身の工場の中で、ぜひ活用していただければと考えています」と講演を締めくくりました。AIを「使う」段階から、AIが自律的に「働く」段階へ。その移行期に不可欠なコスト設計と、工場全体を見渡す設計思想を示した本講演は、製造業に関わるリーダーにとって、AI投資の針路を描き直すきっかけとなる力強いメッセージとなりました。
※本講演が行われた、第8回 ものづくり戦略フォーラム in 東京のイベントページは以下のリンクからご覧いただけます。https://landingpage.tebiki.jp/conference20260626