
ベテランの勘はAIで代替できるのか
対談はまず、多くの製造業が競争力の源泉と信じる「現場力」について、理解を深めることから始まりました。
貴山:最初に取り上げたいのは、「異常発生時のベテランの勘や修羅場の判断は、そもそもAIで代替できるのか」という問いです。私は三菱商事時代に食品工場へ工場長として乗り込みましたが、機械オペレーターの技能をどうしても形式知化できませんでした。その悔しさが、「tebiki現場教育」をつくった原点になっています。
志賀:難しい問いですが、今後避けては通れないテーマかと思います。このトークテーマを事前にいただいてフィジカルAIの研究者に聞いたのですが、研究者は「AIによる自己学習で、現場の技能は代替できる」とハッキリ答えました。ただ今度はGeminiに聞いてみたら面白いことに、「志賀さん、AIには第六感がありません」と答えたんです。第六感とは、人類が何百万年も生きてくる中で遺伝子に組み込まれた生存本能です。お客様の表情や会場の空気など、説明できないけれど感じるものは、人間の強みです。AIは現場の暗黙知の全てを代替することはできない、というのが私の現時点での考えです。
貴山:現場で「暗黙知」と呼ばれているものには、志賀さんがおっしゃるように本当にAIで代替できないものと、簡単に可視化できるものが混在していますよね。志賀さんの実感では、AIで代替できない真の暗黙知は何割くらいですか。
志賀:1〜2割ですかね。例えば、現場の油の匂いや触った感じ「なんか気持ち悪い」「やらない方がいい」という感覚として現れるものは、AIで代替できるイメージが今はないです。
貴山:私も同じ感覚です。さらによく製造業の経営者の方とこの話をするのですが、我々と同じように8割は形式知化できると答える方が多いです。つまり8割はAIで代替できてしまう。残り2割は情報量が多すぎて、AI代替の未来がまだ見えていない――これが私の見立てです。

AIの仕事はコモディティ化する。
勝敗を分けるのは「真因を追う」人間の知恵
では、AIで代替できる8割が置き換わったあと、企業の競争力はどこに宿るのか。志賀氏が示したのは、AI普及の先にある逆説でした。
志賀:AIでやった結果はコモディティ化します。今は月額1万円払えば高性能なAIが使え、みんなが同じAIで仕事をすれば、結果はみんな同じになる。競争優位とは、AIがやったベースの上に、人間ならではの仕事をどれだけ乗せられるかです。どの工場も検査ラインに同じ画像認識装置を入れたら結果は同じ。そこから100万分の1の不良率に落とすのは、人間の知恵だと考えています。表面的なデータだけでなく、事象の因果関係を真因まで掘り下げて問題解決する。「なぜを5回」繰り返して、真因を探る行為は人間にしかできない領域です。
貴山:AIという流行に流されて「AIを使うこと」が目的化してしまうと、一見効率化されているように見えるかもしれないが、それだけでは価値ある仕事は生まれない、というお話だと理解しました。しかし一方で、経営者も「とにかくAIを使わなければ」と考えて、指示を出している人も多いのではないでしょうか。このAIブームの激流の中で一歩立ち止まり、現場で本当に大切なことを守るには、経営者や現場スタッフはどうしたらいいでしょうか。
志賀:まずは経営者が現場のことを知り尽くす必要があると思います。経営者は単に「AIを入れろ」と指示するのではなく、現場と一緒に「ここはやる、ここはやらない」と判断するべき。なので皆さん、会社に戻ったら社長に言ってください。「作業服を着て、私たちの現場を見に来てください。もう一回ものづくりを立て直しましょう!」と。

現場を動かす鍵は「楽になった」の実感。
最初の一手は帳票のデジタル化
当日の講演では、AIと現場活用の要点について議論が重ねられました。AIの活用は避けては通れないという議論ののち、話題は明日から使える実践論へ移ります。
貴山:AIを含めたデジタルテクノロジーの推進で今までの仕事とやり方を変えようと動いても、実際現場は忙しい。今後、工場長に必要なアクションは何だと思いますか。
志賀:一番は「楽になったじゃん」と現場が実感できるクイックサクセスをつくることだと思います。私は新入社員の5年間、手書きで議事録を取り続けていました。それが今やAIが勝手に作ってくれる。効果を実感しているから、やり方を変えることに抵抗がないんです。楽にならない仕事をやらせても、現場は動き出しません。
貴山:工場でのクイックサクセスで一番効果が出やすいのは、どこでしょうか。
志賀:手書き帳票です。工場にはまだ大量の紙が残っています。タブレットでデータを入力できるようにするところから始めるのが、一番早いと思います。
貴山:「ペーパーレスが目的」では現場は変わらないけれど、「AI導入に備えて、AIネイティブな現場にするためのデジタル化」という建て付けならいける、ということですね。
志賀:その通り。センサーをIoTでつないで、現場のデータを帳票までスルーで流す。データの源流からAIを入れるのが正解で、帳票をデジタル化してから後付けでAIを入れようとすると、すごく面倒くさいんです。

最後にデジタル人材の育成について話し合われました。
貴山:弊社でAIを全部門に導入して分かったのは、世代の差です。20代は「この仕事は人間がやってはいけない」とAIを前提に考える。40代・50代は「AIをどう活用しようか」と考える。この出発点の差が決定的で、AIリテラシーと現場技能を兼ね備えた人材は、抜擢か思い切った育成でしか生まれないと感じます。
志賀:私自身、実は70歳を超えて初めてPowerPointを使い始めました。2025年の6月に株式会社INCJの会長を降りた後は、アシスタントも一人もいなくなったんで、今日のような講演の資料を自分で一生懸命作るんです。今までは、部下の課長やアシスタントが作っていたから、全てが新しい体験です。Copilotの提案に「うるせえ」と思いつつ、「AIが提案する案の方が綺麗だな」と取り入れている。72歳の私が使い始めているんだから、経営者が「俺はAIが分からない」と言っているようでは会社の未来はない。「60歳以上はもう無理」「現場の人は分からない」ではなく、経営者もベテランの現場スタッフも全員がレベルアップする。徹底的なリスキリングは経営者の責任です。
対談の最後に志賀氏は、子どもの頃に夢見た鉄腕アトムがAIにより現実になったことに触れ、「テクノロジーの進化をどれだけ自分ごとにしてエンジョイできるかが、これからのテーマです。アンテナを高くして、皆さんもAIをエンジョイしていただければと思います」と呼びかけました。AIを脅威ではなく相棒として迎え入れ、その上に人間の知恵を乗せて付加価値のある仕事を生み出す。両氏の対談は、AIの号令に戸惑う現場リーダーにとって、そして未来のものづくりを考える経営者にとって明日の一歩を照らす実践的なメッセージとなりました。
