2023年4月13日(木)に現場改善ラボは、オンラインイベント『IMPROVE~品質向上~』を開催し、さまざまな専門家/企業講演をお届けしました。
お申込みが2,000名を超えた本イベントでは、トヨタ自動車株式会社元副社長で一般社団法人日本科学技術連盟会長の佐々木 眞一氏より「品質経営の歴史と課題」についてご講演いただきました。
佐々木氏による自己紹介
みなさん、こんにちは。ただいまご紹介いただきました、トヨタ自動車株式会社元副社長で一般財団法人日本科学技術連盟の会長を務めております、佐々木でございます。
私は1946年に秋田県秋田市に生まれ、76歳になりました。当時の私は0歳でしたが、今映っている私には面影がないように、人間はDNAの働きで意識しなくても変わります。企業や組織はどうでしょうか?誰かが変えようと行動を起こさなければ絶対に変わりません。
つまり、今日はこの講演をお聞きいただいているご聴講の皆様、一人一人が企業や組織にとってDNAとなって変化を起こしていただきたいということであります。
今日のお話は皆様が企業や組織にとって良いDNAとなれるよう、日々の小さな努力が大きな成果と結び付くためのお話をさせていただきたいと思います。
「品質問題を起こさない」ことは難しい経営課題
品質不良が市場へ流れてしまう事象と、いわゆる不祥事という事象には、当事者が品質不具合に気づいていたか否か、決定的な違いがあります。ただし、お客様や社会へ、品質保証責任を果たしていない。また、実害があるという点では同等でないかと思います。
また、これらの対策として検査を強化するとか、従業員にコンプライアンスの遵守を徹底するとか、検査記録を自動化して改ざんを防ぐなどの対策が言われておりますが、残念ながらこれらの対策はいわゆる応急対応で、当面の時代の改善には必要でありますが、恒久的な問題の解決に十分かといえば答えは残念ながらNoであります。
理想を言えば、組織の能力が十分高く、品質問題を起こさないことだと言えますが、これは次の理由で実は大変難しい経営課題と言えます。
品質とは、最初はお客様にとって魅力的な品質だったものが、最後は当たり前の品質まで劣化をしてしまいます。自動車に装備されたカーナビゲーションを事例にお話しすれば、よくお分かりになれると思います。
カーナビは1980年代に装着が始まります。最初の性能は大変良いとは言い難かったものの、このカーナビがついているだけでお客様は大満足でした。しかし、しばらく経つと機能が高くなれば、お客さんは満足するけれども、機能が低いものでは不満足につながります。
そして現在「もうカーナビなんかいらないよ」と、スマホのグーグルマップで十分というようなお客様が現れるようになります。つまり当たり前の品質まで劣化をしてしまうわけであります。
すなわち社会やお客様のニーズは常に変化、高度化をいたしますので、その変化に提供価値を対応させなければ、いわゆる規則違反やクレームに至るのは当然ということであります。
だからといって、あまりにも過剰にお客様や社会のニーズの変化の先を行く製品開発サービスを追い求め続ける活動は、時として経済的な合理性に欠け、経営を圧迫する結果となります。
社会やお客様に評価され続けるための努力を経営レベルで適正に行う、品質経営という観点が必要です。
トヨタにおける品質経営の歴史
品質経営というのは、経営者だけではなく、組織全員がそれぞれの持ち場で参画するべきものと考えます。これだけやっても問題は発生すると考え、それに対する構えを準備すべきです。問題発生の事実が組織的に認知される仕組みが必要です。
認知される仕組みには、問題に対応する責任がある部門役職へ、正確かつタイムリーに情報が伝わる必要があります。そのためには、トップや上司へ『バッドニュースファースト』ができる企業風土、心理的安全性の醸成が欠かせません。また、問題を報告した本人や部署に問題対応が丸投げされるようでは、問題の顕在化を阻害してしまいます。
また、先ほど述べました不祥事の発生防止策では、工程能力がないので、不良品を検査で選別して出荷します。「遵法精神に欠けた従業員がいたので、改めて教育をし直します。」「改ざんをしそうなので自動化をします」と言っているようです。
まさに現場が悪いと言わんばかりであります。誰が見てもこれが恒久対策に足り得ないことは明白であります。では、それぞれどうすればよいか?私がトヨタで品質保証業務に携わってきた50年の歳月の中で学んだことをお話をします。
トヨタ自動車の創業者、豊田喜一郎はお客様の車が故障する都度、自ら故障現場に赴き謝罪をするとともに、使用状況や故障原因を確認し原因追求を行っていました。会社に戻ると設計や製造現場にフィードバックをし、改善に結びつけたことをこれがトヨタのお客様ニーズ把握の源流となっております。当然社長の行動を社員も見習い、現地現物でのお客様ニーズの把握や故障原因の追求を行い、改善することがトヨタのDNAの一つとなりました。
会社の規模が大きくなると、社員が全てのお客様の苦情や故障に立ち会うことが不可能になってきます。トヨタはこの機能を販売店のサービス部門に委任し、修理したサービススタッフに『市場技術速報』という故障に関する技術レポートを発行してもらう仕組みが構築されております。
また、クレームによって修理された情報は、クレームデータ解析システムで故障現象ごとそして車種、製造、工場、生産時期などの分析ができる仕組みがあります。最近では、SNSで、トヨタのトヨタや自動車に関する投稿を監視するサービスを利用し、お客さまの思考や評価レベルの変化を掌握することも進んでいます。
さらに、お客様の期待や社会の要請の変化の認知に関しては、定期的に販売店のサービス部門の担当役員技術懇談会という情報交換の場を持つことで、販売サービスの第一線で働く方の生の声を聞く努力をしております。
これらの情報収集や品質改善に努力をしていても、予期しない品質不良やお客様の使用実態の変化で苦情が発生するということが起こります。トヨタではカスタマー推進本部から重要品質問題発生報告書が発行され、発生原因に応じて技術/生産/技術/製造の部門トップまで報告が展開されます。重要な案件につきましては、会社としてその対策が完了するまでフォローする仕組みがあります。
誰一人として品質不祥事を起こしたいわけではない
自工程完結による工程整備が完了した職場では、作業者は異常を感じたら速やかに精神的なプレッシャーなく作業を止めることができます。なぜなら、作業者自身の仕事の責任分担は明確でやりやすい工夫がなされているため、異常を異常とはっきり認知できるためであります。自工程完結した工程から、基本的には不良品ができない仕組みになっています。不良品を発生させなければ不祥事を起こす動機は存在しません。
たとえ不具合が起きても顕在化できて、職場の皆が知ることになれば、隠蔽や改ざんする気が起きることもないでしょう。誰一人として不祥事を起こしたいとは思っていないはずです。
その反対に不祥事が起きるケースは、職場の中で仕事をする人が孤立をしていて、問題を指摘しても適切な上司のサポートや仲間の援助が得られず、自分で何とか問題を解決せざるを得ないような状況です。これが隠ぺいの動機となり、さらに孤立した業務遂行が隠蔽や改ざんのしやすい環境となります。そしてそれを続けているうちに、その行為自体が悪いこととの認識が薄れてしまい、最後には取り返しのない状況に陥ってしまうと言えます。
そういったケースが発生した場合、トヨタではその改善策の議論の場として品質担当の役員が議長の会議が主催されます。担当者のミスなど、表面的な原因解析は通用しません。自工程完結の考え方に沿って業務遂行のどの部分に不備があったのか、なぜそれが起きたのか、徹底した議論を経て再発防止策が承認され、その結果はトヨタの各標準類の改定など抜本的根本的対策がなされます。
注意の喚起、教育の設定など、場当たり的な対策はもはや誰も聞いてくれません。自工程完結の考え方は、もともと品質を工程で作り込む。すなわち不具合の未然防止のために考え出された手法でありますが、問題の本質的な再発防止を行うツールとしても大きな効果を発揮しております。
不具合/不祥事の発生防止はトップから担当者まで全員が取り組むべき職場の課題ではありますが、私は管理職と言われる人の覚悟と業務遂行能力が課題解決の鍵だと思っております。その理由がこの図の左側に示した通り、自己肯定完結の各ステップに関わる管理者の役割が非常に大きいということと関連をいたします。
上からの指示を部下に丸投げしたり、従来業務に固執し、新たな業務へのチャレンジを否定するような管理者の存在が新たな業務目標と業務遂行能力のミスマッチを引き起こします。自分でできないから部下に丸が丸投げしているのですから、部下の困りごとに気づくことができません。相談を受けても何とかしろとか言えず、困り果てた部下が、不祥事を引き起こすことになります。
おわりに
経営者の方は事務所の業務に完全にブレークダウンできていますか?
業務の指示をアウトプットのみでしていませんか?
管理者として、部下の業務進度を把握するために明確な仕組みを有していますか?
あなたの部下は、困ったらすぐあなたに報告や相談をしてきますか?
業務に関わる部下とのコミュニケーションの共通言語を持つ必要があります。業務に関する指示を自工程完結の5要件、目的、目標、的確な業務プロセス、プロセスのアウトプットレベル、プロセスを構成する要素作業、要素作業を正しく行う良品条件、これらに従って行えば、部下が達成する業務の最終アウトプットが上司の期待と異なる事態が防げます。
残念ながら、近年大きく低下した日本の産業、国際競争力でありますが、的確な社会やお客様のニーズの変化を予測し、これに基づくビジネスモデルを構築し、TQMで鍛えた日本企業の組織能力を発揮できれば、産業競争力が復活できると信じております。
主役は皆様方です。いろいろ宣伝を含めてお話をさせていただきました。機会を頂きました現場改善ラボを運営するTebiki株式会社様には、心より御礼を申し上げます。皆様、ご清聴ありがとうございました。