現場改善ラボ 記事一覧 お役立ち情報 専門家コラム 『2023年版ものづくり白書』徹底解剖:中小企業が直面する最も大きな課題
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神戸国際大学経済学部教授/総務省地域創造力アドバイザー 
中村 智彦 氏

6月2日に経済産業省より「2023年版ものづくり白書」が公開された。前回は第1章「ものづくり基盤技術の現状と課題」の内容を紐解いてきた。今回は第2章「就業動向と人材確保・育成」を見てみよう。

実は、この第2章で取り上げられている就業者の動向こそが、日本の製造業、特に中小企業が直面する最も大きな問題だと言える。それではその実態を白書から読み解いてみよう。


『2023年版ものづくり白書』徹底解剖Part1は以下よりご覧いただけます。

就業者の動向/構成~従業員不足は、コロナ禍前の状態へ

 白書によれば、製造業の就業者数は新型コロナウイルス感染症の感染拡大による影響で減少したが、2021年は1,045万人、2022年は1,044万人と横ばいとなっている。また、若年就業者数については2012年以降、ほぼ横ばい状態となっている。

一方で、中小企業における産業別従業員数過不足DIをみると、製造業は2020年に新型コロナウイルス感染症の感染拡大による影響を受け過剰に転じたが、それ以降は不足に転じ、2022年には全産業と同水準のマイナス19.3と新型コロナウイルス感染症が拡大する以前の水準近くに戻っている。

▼就業者数の推移▼

就業者数の推移

経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」より引用)

高齢就業者、女性就業者、そして外国人労働者

日本社会が、高齢化と人口減少を続ける中で、労働力不足は全ての業種で大きな問題となりつつある。労働力不足に対応するために主要となる3つの方策は、高齢者の就業促進や女性の就業促進、加えて外国人労働者の導入である。

白書によれば、製造業における高齢就業者数は、20年間で32万人増加している一方、女性就業者数は同じ期間に91万人減少していることが指摘されている。

高齢就業者はこの20年間では増加しているが、最近は横ばいへ

もう少し詳しく見ていくと、白書では「高齢就業者数は2002年以降、リーマンショックなどにより一時的に減少した時期を除いて増加傾向で推移していたが、2018年以降はほぼ横ばいとなっており、直近の2022年は90万人となった。製造業における高齢就業者の割合は、2002年には4.7%であったが、直近の2022年は8.6%となっている。非製造業の高齢就業者の割合の推移と比べると、非製造業では一貫して上昇傾向で推移している一方、製造業においては、この数年は横ばいで推移しているとの違いから、2022年では5.9ポイントまで差が広がっている」ということが指摘されている。

つまり、労働力不足に対応するため、製造業でも高齢就業者を増加させてきたが、近年では伸び悩んでいることが指摘され、全業種、非製造業と比較しても、高齢就業者の割合が低くなっている

▼高齢就業者(65歳以上)数の推移▼

高齢就業者(65歳以上)数の推移

経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」より引用)

進まない女性就業者の増加

もう一点、女性就業者についてもう少し詳しく見てみよう。

白書では「製造業における女性就業者数は、2012年の305万人から2018年の323万人にまで増加するなど、近年は増加基調にあったが、2019年から減少に転じ、2022年は312万人となった。また、産業別の女性就業者の割合をみると、全産業の女性就業者の割合が2002年の41.0%から2022年の45.0%へと上昇傾向で推移しているのに対し、製造業の女性就業者の割合は、2009年頃から30%前後の横ばいで推移しており、直近の2022年も29.9%となった」と指摘している。

▼女性就業者数と女性比率の推移▼

女性就業者数と女性比率の推移

経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」より引用)

製造業の何が問題か?

正規の職員・従業員の割合は、製造業では、全産業の正規の職員・従業員の割合に比べて15.1ポイント高くなっており、就業者からすれば安定した職場であると言える

▼正規・非正規雇用者の割合の推移▼

正規・非正規雇用者の割合の推移

経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」より引用)

それでは、製造業において、なぜ高齢就業者、女性就業者ともに、全産業と比較して就業者数が伸び悩んでいるのだろうか?

まず、高齢就労者の問題だが、我が国の人口ピラミッドを見てみよう。現在、70歳代半ばとなった団塊の世代は、今から10年から15年前に60歳で定年退職を迎えた人が多い。定年退職後、各企業では再雇用や定年延長という形で、高齢就業者を確保してきた。しかし、後期高齢者となった団塊の世代の人たちは、70歳代半ばを迎え、本格的な引退の時期を迎えている

製造業では、熟練技能を持った高齢者の再雇用、定年延長によって就業者確保を行ってきた企業が多い。団塊の世代以下の就業者はもともと少ない。そのため、新規の高齢者就業者の確保が難しくなっている面があると考えられる。

▼日本の人口ピラミッドの変化▼

日本の人口ピラミッドの変化

厚生労働省「日本の人口ピラミッドの変化」より引用)

ものづくり白書は「高齢就業者数は、20年間では32万人増加」と記載する一方で、「非製造業は一貫して上昇傾向で推移している一方、製造業においては横ばいで推移している」と指摘しており、その背景はこうした理由だと考えられる。

女性就業者が伸びない理由

一方、女性就業者に関しても、全産業に比較すると女性の就業者数の割合は、製造業においては低い。この理由を紐解くために、内閣府男女共同参画局による「令和5年版男女共同参画白書」を参考にしてみる。

こちらの白書によれば、女性の就業率はどの年齢階級においても上昇しているが、35歳から44歳以上の層で、若い年代(25〜34歳)と比較して、非正規雇用割合が上昇する傾向が継続している。

▼年代別男女の働き方の変化▼

年代別男女の働き方の変化

内閣府男女共同参画局「令和5年版男女共同参画白書」より引用)

さらにこちらの白書では「女性の8割以上、男性の7〜8割が、女性に家事・育児等が集中していることが、職業生活において女性の活躍が進まない理由と考えている」と指摘している。

加えて、男女間の賃金格差の問題もある。本白書では「全産業と製造業の賃金の差に着目すると、製造業の賃金は、全産業の賃金を一貫して下回っている。加えて、両者の賃金の差額は2006年時点で約2,000円であったが、2022年においては約1万円となっている」と指摘している。

製造業は、長らく男性中心の職場が続いてきたこともあり、女性が就業することが難しい勤務体系になっていることや、男女間の賃金格差が大きいことなどが続いていることが、女性就業者の伸び悩みと、他産業に比較して割合を低下させていることに繋がっていると考えられる。

▼男女間賃金格差指標▼

経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」より引用)

外国人労働者は日本の雇用者数の3%に

製造現場において、高齢就業者と女性就業者の獲得の伸び悩みをカバーしているのが外国人労働者である

「製造業における外国人労働者数は、2014年以降増加傾向で推移しており、2019年には48.3万人と、2008年に比べ約30万人増加した。新型コロナウイルス感染症の感染拡大もあり、2021年には46.6万人と前年と比べ減少となったが、直近の2022年には48.5万人と高い水準となっている」と白書が指摘しているように、製造業における外国人の存在は大きくなっている。

製造業の外国人労働者数の推移より、2008年の48万7千人から2018年には146万人と10年間で約3倍と急激に増加していることがわかる。2022年の外国人労働者数は182万人となっており、日本の雇用者数6,063万人(総務省統計局「労働力調査2023年5月分」)の3%にまで達していることがわかる。

▼製造業の外国人労働者数の推移▼

製造業の外国人労働者数の推移

経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」より引用)

2023年4月には、人権侵害など多くの問題が指摘されてきた外国人技能実習制度に関して、政府の有識者会議が廃止を打ち出すなど、見直しが進んでいる。外国人労働者の労働環境を整え、人権侵害などを防止することは、外国人労働者の将来的な確保に不可欠な点であることは、政府も認めているところである。

しかしながら、労働者の送り出し国である中国や東南アジア諸国の近代化、工業化の進展によって、現地の人件費の上昇、雇用の増大などから、今後、外国人労働者の確保が困難になっていくことは、コロナ禍以前から指摘されてきたことである

加えて、2020年頃からの円安傾向の続伸は、2023年6月には1ドル=140円台にまでなっており、円建てで支払われる給与は、外国人労働者にとっては2割から3割の目減りとなっている。日本の製造業、特に中小企業においては、多くの業種で不足する労働力を外国人で補ってきた。白書で指摘されている製造業における外国人労働者の急増は、実は日本の製造業の抱える将来的な労働力不足の深刻さを示していることになる。

ものづくり人材の能力開発の現状

第2章を見ていく中でもう一点、人材教育についての記述を見ておこう。

日本の製造業は、米中経済摩擦、コロナ禍、ウクライナ侵攻などを経て、大きな変革期に突入している。そのため、各企業では、さらなる生産性の向上や、ITやAIの積極的な活用、必要に応じての業態転換などが不可欠になりつつある。

従業員が、新たな技術や能力を身に着けることは、第2章の第2節「ものづくり人材の能力開発」で指摘されている通り、重要度が増しつつある

能力開発でも問題は人材不足

そうした中で、製造業における能力開発の課題としては「製造業の現場では、指導する人材の不足も含めて人手不足という課題がある中で、退職者や中途採用者等、既に一定の能力・スキルを持つ人材の確保をもって対応している事業所が多いことがうかがえる」ことであると指摘している。

能力開発や人材育成に関する問題点の内訳を見ると、問題点の第1位として「指導する人材が不足している」、次で「人材育成を行う時間がない」が挙げられている。さらに第3位には「人材を育成しても辞めてしまう」が挙げられている。

▼能力開発や人材育成に関する問題点の内訳▼

能力開発や人材育成に関する問題点の内訳

経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」より引用)

さらに、技能継承の取り組みの内容を見ると「退職者の中から必要な者を選抜して雇用延長、嘱託による再雇用を行い、指導者として活用している」が第1位に挙げられている。これは、先ほどの高齢就業者の増加傾向と関連していると言える。

第2位には「中途採用を増やしている」が挙げられている。これは、先ほどの「人材を育成しても辞められてしまう」と対になっていると考えられる。この白書の記述に関して、中部地方のある金属加工メーカーの経営者は「雇用の流動化が経済活性化だと指摘されているが、中小企業にとっては、それなりのコストかけて育成した従業員を大企業に取られてしまうというのは、かなりの痛手だ。充分な給与を出さないお前が悪いと言われれば、その通りかもしれないが」と話してくれた。

▼技能継承の取組の内容▼

経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」より引用)

デジタル技術の導入と人材育成の関係

こうした中で、技能継承の取組として「退職予定者の伝承すべき技能・ノウハウ等を文書化、データベース化、マニュアル化している」(22.5%)、「高度な技術・ノウハウ等が不要なように仕事のやり方、設計等を変更している」(14.7%)といった回答にも一定の回答数があったことが示されている。

こうした文書化、マニュアル化、データベース化に当たっては、デジタル技術の活用が不可欠である。白書によると「ものづくりの工程・活動におけるデジタル技術の活用状況について、デジタル技術を活用している企業の2019年から2021年にかけての推移をみると、2019年は49.3%と5割弱であったが、2021年は67.2%と増加傾向にあること」が示されている。

つまり、逆を言えば2021年においても、依然として3割強の企業はデジタル技術を活用していないという結果となっている

では、なぜ活用していないのか?デジタル技術未活用企業におけるデジタル技術を活用しない理由によると、上位2つに「導入・活用に関するノウハウが不足しているため」(52.5%)、「導入・活用できる人材が不足しているため」(47.8%)が挙がっており、ここでも人材不足が大きな障壁となっていることが理解できる。

▼デジタル技術未活用企業におけるデジタル技術を活用しない理由▼

能力開発や人材育成に関する問題点の内訳

経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」より引用)

製造業の企業が人材不足を大きな課題として捉えていることは「近年、資源投入をしている取組」からも読み取れる。この中で、第1位には「設備投資の増強」(63.0%)がきているものの、第2位以下には「採用・人材育成の強化」(47.2%)、「賃金など処遇の改善」(43.6%)が来ており、各企業とも人材確保が大きな課題になっていることが理解できる。

▼近年、資源投入をしている取組▼

経済産業省「2023年版ものづくり白書(全体版)」より引用)

ものづくり白書の中でも、この第2章は中長期的に製造業企業の雇用状況が厳しくなる中で、各企業がどのように対応しようとしているのかを伺い知ることができる重要な章であることがわかる。

執筆者プロフィール

中村氏お写真

神戸国際大学経済学部教授/総務省地域創造力アドバイザー 

中村 智彦 氏

1964年東京生まれ。上智大学文学部卒業。名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了。学術博士号取得。民間企業勤務で営業、経理、総務、海外駐在を経験し、その後に大学院進学。大阪府の経済経営系の研究所に勤務の後、大学教員に転じ、現在、神戸国際大学経済学部教授、関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学工学部非常勤講師などを務める。

総務省地域力創造アドバイザー、自治大学校講師、市町村アカデミー講師のほか、山形県川西町、東京都北区、京都府向日市など自治体のアドバイザーを務める。専門は、中小企業経営と地域振興。

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